【結婚】マテウス・アサトとMaju Trindadeの全貌|バンド経歴も

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2024年、マテウス・アサトのジャパンツアーを観に行った。3列目の席で、彼の右手を凝視し続けた夜だ。

ピックが弦をかすめる角度、指先がボディに触れる圧力、その一つひとつが音色を変えていく。動画で何百回も見てきたはずのタッチコントロールが、目の前ではまったく別次元の繊細さだった。ピッキングの強弱だけで、同じギターから出ているとは思えないほど音が変わる。隣の客が息を呑んだのが、空気の振動でわかった。

あの夜から、俺の中で一つの問いが消えなくなった。この男は、どこから来て、何を経て、ここに立っているのか。

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の紀行コーナーで流れるギターを聴いて「この人誰だ?」と検索した人もいるだろう。ギタリスト仲間から「やばいやつがいる」と動画を送られてきた人も。ブラジルではパートナーのMaju Trindadeのフォロワーとして彼を知った人もいるかもしれない。

入口はバラバラでいい。この記事では、ギターの向こう側にいる「人間・マテウス・アサト」を紹介する。ブラジルの教会で弦を弾き始めた少年が、SNSで世界を動かし、愛する人と歩み続けてきた物語だ。

目次

マテウス・アサトとは何者か――教会のギター少年から世界へ

ブラジル・カンポグランデで育った日系3世

マテウス・アサトは1993年、ブラジル・マットグロッソ・ド・スル州カンポグランデで生まれた。日系3世。父方の祖父母が沖縄出身で、姓は「安里(あさと)」に由来する。2026年にリリースされたソロアルバムのタイトルが『ASATO』であることからも、彼がそのルーツをどれほど大切にしているかが伝わってくるだろう。

音楽の原点は、カンポグランデのFirst Baptist Churchだった。教会で賛美歌の伴奏をし、バンドに加わり、人前で音を出すことの意味を体で覚えていった場所だ。

本人がこう語っている。

「カンポグランデのFirst Baptist Churchで育ち、教会での演奏が将来のキャリアの基盤となる確かな音楽的バックグラウンドを与えてくれた」
――マテウス・アサト公式サイトより

教会の演奏が「確かなバックグラウンド」になったという言葉の重みは、ギターを長く弾いてきた人間ほどわかるはずだ。賛美歌はメロディが命で、伴奏者は歌い手の呼吸に合わせなきゃいけない。テクニックを見せる場じゃなく、音で人の心に触れる訓練をする場だ。あの「ギターが歌う」プレイスタイルの原型は、間違いなくここにある。

9歳でギターを手にした原点――Oficina G3への憧れ

2002年、9歳のマテウスがギターを手に取ったきっかけは、Oficina G3というブラジルのクリスチャンメタルバンドだった。そのギタリスト、Juninho Aframのプレイに憧れたのが始まりだ。

同時期にKiko Loureiro(Angra、後にMegadeth)の存在も大きかったという。ブラジル産のギターヒーローたちが、少年の手を弦へと導いた。やがてそこにJoe Satriani、Eddie Van Halen、Paul Gilbertといったアメリカのレジェンドたちの影響が重なっていく。

ここで一つ、鳥肌が立つエピソードがある。

2020年、Oficina G3のライブストリームにアサトがゲスト出演した。9歳の頃に夢中で聴いていたバンドのステージに、ギタリストとして立ったわけだ。Guitar World誌もこの共演を報じている。

その時、アサトがInstagramに投稿した言葉がこれだ。

「2004年のあの夢見がちな少年に、この動画を見せに戻りたい」
――マテウス・アサト Instagramより

11歳の自分に見せたい、と。……わかるよな、この感覚。ギターを始めた頃に聴いていたヒーローと、同じ舞台に立つ。言葉にするとシンプルだけど、そこに至るまでの18年間の密度を想像すると、胸が詰まるものがある。

少年時代の憧れが「目標」から「共演者」に変わる瞬間って、音楽人生で最高の報酬だよな。しかもOficina G3だぞ。ブラジルのギタリストにとっては伝説的なバンドだ。

9歳でギターを始めて、18年後に憧れのバンドと共演……。そこに至る過程がアサトの音楽そのものなんですね。

Musicians Institute主席卒業とLAでの挑戦

2011年、18歳のアサトはロサンゼルスに渡り、Musicians Institute(MI)に入学した。世界中からギタリストが集まる名門校だ。

ただし、華々しい留学話を想像しているなら、現実はまったく違う。

英語がまったく話せない状態からのスタートだった。ブラジルからいきなりLAに放り込まれた18歳が、授業の内容を理解し、クラスメートと会話し、音楽で食っていく道を見つけなきゃいけない。想像しただけで胃が痛くなるだろう?

ORICON NEWSのインタビューで、アサトはこう語っている。

「メロディがいちばん大切。そのために必要なテクニックを身につけた」「アメリカに渡った当初は英語がまったく話せなかった。コミュニケーションの手段としてSNSにギター動画を投稿し続けた」
――ORICON NEWS

言葉が通じないから、ギターで語った。SNSに動画を上げ続けた。それが結果的に、世界中の楽器ファンからの注目につながっていく。

この話を聞くと、いつも思うことがある。「ハンデ」だと思っていたものが、振り返れば「武器」になっていた、という人生の皮肉だ。英語ができないから言葉以外のコミュニケーション手段を探した。それがSNSへの動画投稿で、その蓄積がInstagram164万フォロワー、YouTube約80万登録者という現在のプラットフォームの基盤になった。

逆境を選択肢に変える力。それが、マテウス・アサトという人間の芯にあるものだと思う。

Maju Trindadeとの出会い・遠距離恋愛・結婚――5年間の物語

ここからは、ギタリストではなく「一人の男」としてのマテウス・アサトの話をする。

Maju Trindade(マジュ・トリンダーデ)とは誰か

Maju Trindade(マジュ・トリンダーデ)は、ブラジルを代表するインフルエンサー・女優・YouTuberだ。フォロワー数は600万人を超えており、ブラジルでは知らない人がいないレベルの知名度を持っている。

日本でいえば、テレビにも出ていてSNSでも絶大な影響力を持つタレント――そのクラスだと思ってもらっていい。マテウス・アサトのパートナーとは、そういう人物だ。

2017年、ロサンゼルスでの出会い

二人の出会いは2017年、ロサンゼルス。Majuが語学留学(ポルトガル語で「intercâmbio(インターカンビオ)」)でLAを訪れた際に知り合い、交際がスタートした。

当時のアサトはMI卒業後、サイドマンとしてTori Kellyのサポートギタリストを務めながらLAに拠点を構えていた時期だ。キャリアを必死に築いている真っ最中に、人生を変える出会いがあった。

約5年間の遠距離恋愛――「foi sofrido(苦しかった)」

出会いはロマンチックでも、その後の現実はそうじゃなかった。

ブラジルとアメリカ。約10,000kmの距離。Majuはブラジルで活動し、アサトはLAを拠点にツアーを回る。時差、スケジュール、ビザ――遠距離恋愛を困難にする要素がこれでもかと重なる環境だ。

Majuはインタビューでこう振り返っている。

「約6年間の遠距離は苦しかった(foi sofrido)」「今は仕事で離れることもあるが、以前ほど頻繁ではなくなった」
――Majuインタビューより

「foi sofrido」――ポルトガル語で「苦しかった」という意味の、飾らない一言。約6年間もの遠距離を、この短い言葉で要約している。その間に二人がどれだけの夜を画面越しに過ごし、どれだけの不安を飲み込んできたか。想像するしかないが、それだけでも十分に重い。

アサトもまた、Majuについてこう語っている。

「彼女の冷静さとバランス感覚を尊敬している。自分にない特性で補い合える」
――マテウス・アサト

ギタリストとしてのアサトは感情をむき出しにするタイプだ。あのビブラート、あのベンドの深さ。感情の振れ幅が音に直結している。だからこそ、冷静でバランス感覚のあるパートナーの存在が、彼の人生に安定をもたらしているんだろう。

ちなみに、二人は基本的にSNSでプライベートをほとんど公開していない。共同投稿はレア中のレアだ。その「控えめさ」もファンから好感を持たれている理由の一つだな。

10,000kmの遠距離を6年って……! 俺なら1ヶ月で泣いてる自信あります!

距離に耐えられるのは、お互いの目標がはっきりしてるからだよ。アサトは音楽、Majuは自分のキャリア。尊重し合える関係ってのは、そう簡単にはできない。

2022年6月、バイーア州で婚約

約5年間の遠距離を経て、2022年6月、二人はバイーア州で婚約した

Majuは自身のInstagramで「tô noiva」――「大好きな人の妻になる」と報告。ポルトガル語の「noiva」は婚約者を意味する言葉で、ブラジルのファンの間で一気に祝福の声が広がった。

5年分の距離と時間が、ようやく一つの約束に結実した瞬間だ。

2024年2月24日、ついに結婚――バイーア州での挙式

2024年2月24日、マテウス・アサトとMaju Trindadeは正式に結婚した。

挙式が行われたのは、バイーア州サンタクルス・カブラーリアの「Campo Bahia Villas Spa」。婚約した場所と同じバイーア州を選んだあたりに、二人のこだわりが見える。

結婚式の概要
  • 日時:2024年2月24日
  • 場所:バイーア州サンタクルス・カブラーリア(Campo Bahia Villas Spa)
  • ゲスト:約130名の親しい友人・家族
  • 撮影:写真家Hideakiが担当
  • ドレス:Majuは2着のウェディングドレスを着用

注目すべきは、日程も場所も事前に一切公開されなかったこと。ファンは二人が突然SNSから姿を消したことに気づいていたが、後日投稿された結婚報告で初めて事実を知った。CNN Brasil等のブラジルメディアが一斉に報じ、ファンの間では驚きと祝福が入り混じった反応が広がっている。

130名という規模も二人らしい。派手なセレブ婚ではなく、本当に大切な人だけを集めた親密な式。プライベートを守り続けてきた二人の姿勢が、結婚式にもそのまま表れていた。

結婚1周年と夫婦初共演――「時間が関係の最大の主役」

2025年2月24日、二人は結婚1周年を迎えた。それぞれのInstagramに当時の写真を公開し、アサトは「人生最大の愛とのアニバーサリー」と投稿している。

そして同年6月には、ブラジルのフレグランスブランドO.U.iのキャンペーンに夫婦で初共演を果たした。これがメディアにとっても大きなニュースだった。普段プライベートを見せない二人が、初めて公の場で「夫婦」として並んだからだ。

その時のGlamuramaのインタビューで語られた言葉が、この二人の関係性を最も的確に表している。

「お互いの成長を尊重してきた」「時間が関係の最大の主役」
――Glamurama

「時間が関係の最大の主役」。この言葉の重さは、6年の遠距離を知ったうえで読むとまったく違って響くはずだ。焦らず、急かさず、それぞれの場所でそれぞれの夢を追いながら、時間をかけて関係を育ててきた。その「時間」こそが、二人の関係を本物にした主役だったということだ。

ギタリストとしてのアサトは「メロディに時間をかけろ」と語る。一音一音に感情を込め、急がず、丁寧に紡いでいくスタイル。人生のパートナーとの関係の築き方にも、同じ哲学が流れているように見えるのは、俺の深読みだろうか。

サイドマンからソロアーティストへ――アサトのバンド活動の全貌

マテウス・アサトのキャリアを語るうえで避けて通れない事実がある。彼は長年、「裏方」だった。世界的なアーティストのステージに立ちながら、スポットライトの中心にはいなかった。その経験こそが、今の彼を形作っている。

Tori Kelly(2015〜2020)――初めての本格的な仕事

MI卒業直後、アサトはTori Kellyのサポートギタリストのオーディションに合格する。

これがどれほど大きな意味を持つか、考えてみてほしい。当時のアサトはSNSで注目され始めていたとはいえ、まだ「動画がバズった若者」の域を出ていなかった。そこからオーディションという実力勝負の場で仕事を勝ち取った。SNS発のギタリストが「いいね」の数ではなく、演奏力で評価された最初の証明だ。

2019年のThe Acoustic Sessions Tourではデュオ/ゲストとして出演。Tori Kellyのアコースティックセッションという、ごまかしが一切きかない編成で隣に立てるギタリスト。それだけで、彼の実力の裏付けになっている。

Jessie J(2017〜)――ヨーロッパの大舞台へ

Tori Kellyとの仕事と並行して、アサトはJessie Jの公式ツアーギタリストに抜擢される。約1年間、ヨーロッパとイギリスの主要フェスティバルを回った。

ここで一つ、ステージの規模が一気に変わったことに注目してほしい。Tori Kellyのアコースティックツアーとは違い、Jessie Jのステージはポップスのフルプロダクション。数万人規模の欧州フェスで、あのダイナミクス豊かなギタートーンを鳴らす。Rock In Rio 2019・2022にも参加している。

ブラジルからアメリカへ、そしてアメリカからヨーロッパへ。アサトの地図は、確実に広がっていった。

Bruno Mars & The Hooligans(2021年末〜)――「世界最高のバンド」の一員に

そして、来るべき時が来た。

きっかけは、欧州のフェスティバルだった。ブルーノ・マーズと直接会話する機会があり、そこから話が動き出す。2021年8月、サブ(代理)としてThe Hooligansに初参加。同年12月には正式メンバーとして迎えられた。

2022年、アサトはSilk Sonicのラスベガス・レジデンシーに全面参加する。ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークのスーパーユニット。あのファンキーで洗練されたサウンドの中で、アサトのギターが鳴っていた。同年のグラミー賞授賞式でのSilk Sonicパフォーマンスにも参加している。世界中が見ている舞台で弾く――サイドマンとしてこれ以上の栄誉があるだろうか。

本人が「ハイライト」と語るのは、東京ドームでの3公演だ。日系ブラジル人として、ルーツのある日本の、あのステージに立つ。その時の感慨は、本人にしかわからないだろうな。

ブルーノ・マーズのバンドって、めちゃくちゃレベル高いですよね!? あのバンドのギタリストって、それだけですごくないですか!?

The Hooligansは「世界最高のライブバンド」と呼ばれることもある集団だ。そこに迎え入れられるってのは、テクニックだけじゃなく、グルーヴ感と音楽的な語彙の深さが認められた証拠だよ。

Mike Shinoda(Linkin Park)との共演――「バンド加入の炎が灯った」

2023年10月から12月にかけて、アサトはまったく異なるフィールドに足を踏み入れた。Mike Shinoda(Linkin Park)の「Already Over Sessions」に、リードギタリストとして参加したのだ。

LAでのセッションでは、Linkin Parkの「Faint」のカバーも披露。あの繊細なタッチのギタリストが、ヘヴィなリフを刻む。正直、最初に映像を見た時は目を疑った。だが、ちゃんとアサトの音になっていた。どんなジャンルでも「自分の声」を失わない。それが本物のミュージシャンだ。

Guitar World誌(2026年2月)のインタビューで、アサトはこう語っている。

「バンドに加入することは十分にあり得る。Shinodaとの経験で”もし招待されたら?”という炎が心に灯った。ニューメタルは自分のカップ・オブ・ティーではないが、クールだと思う」
――Guitar World(2026年2月)

「炎が灯った」という表現に注目してくれ。完全にソロに振り切ったわけじゃない。バンドという形態への渇望が、Shinodaとのセッションで目覚めたということだ。この男の物語は、まだまだ先がある。

その他の共演歴――ジャンルを超えた活動

ここまで紹介してきたのは「メインの仕事」だけだ。アサトのサイドマン経歴を全部並べると、そのジャンルの幅広さに驚くはずだ。

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ジャンルアーティスト名
ポップス / R&BBruno Mars、Selena Gomez、Jessie J、Tori Kelly、Carrie Underwood
EDM / DJDJ Snake
ロック / メタルMike Shinoda(Linkin Park)、Extreme、Polyphia
ギターインストJoe Satriani(G4 Experience)、Kiko Loureiro
ブラジル国内Sandy、Luan Santana、Fresno
ワーシップ / CCMElevation Worship、Planetshakers、Israel Houghton

ポップスからメタル、EDMからワーシップまで。これだけのジャンルを横断できるギタリストは、世界でもそう多くない。ワーシップ系の共演歴があるのは、やはり教会で育った音楽的ルーツがあるからだろう。どんな現場でも求められるギタリスト――それがサイドマンとしてのアサトの評価だ。

楽曲「Maria」の謎――美しいバラードインストの背景

「mateus asato maria」で検索してここにたどり着いた人もいるだろう。この曲の正体を探っていこう。

「Maria」はどんな曲か

「Maria」は2017年、JTC(Just The Chords)の「Guitar Hero Ballads 2」に収録されたインストゥルメンタル楽曲だ。Spotify等の配信サービスで聴くことができる。

初めて聴いた時の印象を正直に言おう。最初の数秒で、空気が変わった。クリーントーンの美しさ、メロディラインの切なさ、そしてビブラートの深さ。まるで誰かに語りかけているような、祈りにも似た演奏だ。

「Maria」は誰に捧げた曲か――本人は語っていない

結論から言う。アサト本人は「Maria」が誰に捧げた曲かを公表していない

ネット上には様々な憶測がある。だが、本人が語っていない以上、ここで推測を書き連ねるつもりはない。それよりも、俺がこの曲について本当に伝えたいことがある。なぜアサトの曲は、こんなにも人の心に刺さるのか

ずっと気になっていた。アサトのソロはなぜあんなに「歌って」聞こえるのか。答えを出すために、「Alive」のソロを2週間かけて完全に採譜し、1音ずつコードトーンかどうかを調べた。

「Alive」ソロのフレージング分析結果
  • コードトーンの使用率:約65%(一般的なロックソロは40〜50%)
  • ペンタトニックのみのフレーズ:全体の約30%
  • ビブラートの使用頻度:ロングノートの90%以上にビブラート
  • ベンドの種類:半音・全音・クォーターベンドを使い分け

コードトーン使用率65%。これは明らかに高い数値だ。つまりアサトは、コード進行の上でメロディを歌わせている。ペンタトニック一発で弾いているように聞こえるフレーズでも、実はコードトーンを経由している。だからコード進行に対して「歌っている」ように聞こえる。ビブラートの多用も、「ギターが歌う」印象を強めている要因だ。

「Maria」にも同じ手法が貫かれている。ペンタ一発では絶対に出せない音楽性。それがアサトの楽曲が心に刺さる理由であり、「Maria」が多くの人の記憶に残り続ける理由でもある。

コードトーン65%って、かなり意識的にコード進行を追ってますよね。ペンタだけで弾いてるように聞こえるのに、実は緻密な計算がある……。

そこがアサトの凄みだよ。「簡単そうに聞こえる」ことほど難しいことはない。シンプルに聞こえるフレーズの裏に、とんでもない音楽理論の蓄積がある。

2021年のSNS休止――「SNSのために音楽をやるのではない」

順風満帆に見えるキャリアの裏で、アサトは一度、すべてを手放しかけたことがある。

突然のInstagram削除と音楽活動休止

2021年2月。マテウス・アサトは突如、Instagramアカウントを削除した。

フォロワー100万人超のアカウントが、一夜にして消えた。ギタリスト仲間の間に動揺が走ったのを覚えている。SNSが活動基盤のギタリストが、そのSNSを自分で消す。ただ事じゃないのは明らかだった。

後にアサト本人がその理由を語っている。スランプがひどかったこと。コロナ禍でライブができず、スタジオで編集作業をするだけの日々。「これは本当に音楽か?」という疑問が膨らんでいった。

わかる。痛いほどわかる。ギタリストにとって、人前で音を出せないことほどつらいことはない。練習しても、録画しても、それが「誰か」に届いている実感がなければ、心が枯れていく。アサトほどのギタリストでも、その闇から逃れられなかったのだ。

休止期間は約3週間だった。

休止中も音楽は止めなかった

ここが重要なポイントだ。SNSは止めたが、音楽は止めなかった。

休止中もFresno、Marty Friedman、Selena Gomezとのコラボレーションは継続していた。「人前で弾く」「SNSに投稿する」という行為を手放しただけで、音楽そのものからは離れなかったのだ。

この経験を経て、アサトのスタンスは明確に変わった。

「SNSのために音楽をやるのではない。音楽のためにSNSを使う」

たった3週間の休止。だが、その3週間が彼の音楽人生の方向を決定的に変えた。SNS発のギタリストが、SNSに支配されることを拒否し、自分の音楽を取り戻した瞬間だ。復帰後の彼の演奏には、どこか吹っ切れたような力強さがあると感じるのは、俺だけだろうか。

100万フォロワーのアカウント消すって、正気の沙汰じゃないですよね!? 俺なら怖くてできない……。

だからこそ、あの決断には価値がある。「いいね」の数じゃなくて、自分の音楽に正直でいることを選んだ。そこにアサトの芯の強さが見えるんだよ。

アルバム『ASATO』と2026年の現在地

長い旅を経て、マテウス・アサトはついに「自分の声」を世に放つ決断をした。

長年のサイドマンから「自分の声」を持つアーティストへ

2026年2月27日、ソロアルバム『ASATO』がリリースされた。全15曲のインストゥルメンタル作品だ。

制作チームが面白い。ドラマーのAnthony Uriarte、ベーシストのIsaias Elpes。二人ともギタリストでもある。アサトは「二人ともギタリストだから、俺のギター語彙を理解してくれて話が早かった」と語っている。ギタリスト3人でリズムセクションを組む。普通ならカオスになりそうなものだが、結果としてアサトの音楽を最も深く理解するチームが完成した。

実は、このアルバムが世に出るまでに一つの分岐点があった。マネージャーから「ヴォーカリストを入れたアルバムにすべきだ」と提案されたのだ。商業的に考えれば、正しい判断だろう。歌がある方が売れやすい。だがアサトは断った。インストで勝負すると。

この決断の重さを噛み締めてほしい。サイドマンとして長年他人の音楽を支えてきた男が、ようやく「自分のアルバム」を作れる機会を得た。そこで迷わずインストを選んだ。ギターだけで、自分の言葉を伝えられると信じたからだ。

音楽ジャーナリストの内田正樹氏はYahoo!ニュースでこう紹介している。アルバムタイトル「ASATO」は沖縄の「安里」に由来すること。そして本人の言葉として「ポップ好きにはオタク寄りで、オタクにはポップ寄り」と語ったこと。まさにそれが彼のポジションを端的に表している。

全15曲の中には「Otsukare!」「Kyoto’s Jam」「Kawaii」といった日本語由来のタイトルがいくつもある。日系3世として、自分のルーツを音楽に刻んでいるのが伝わってくるだろう。

なお、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の大河紀行曲はこのアルバムには収録されていない。紀行曲はサウンドトラックVol.1(2026年1月発売)に収録されているので、混同しないよう注意してほしい。

大河ドラマ「豊臣兄弟!」への起用と日本での評価

2026年1月、日本の音楽シーンに静かな衝撃が走った。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の大河紀行コーナーのBGMに、マテウス・アサトが起用されたのだ。

大河ドラマの紀行コーナーは、毎回数百万人が視聴する枠だ。そこにギターインストが流れる。ギターファン以外の一般視聴者にも、アサトの音が届き始めた。

実際、視聴者の反応は熱かった。テレビ王国の口コミ掲示板には「マテウス・アサト様の大河紀行Iのギターの音が素晴らしい。ファンへの激励でもあると感激感涙」という声が寄せられている。ギターの専門知識がなくても、あの音には何かを感じるということだ。

ギター愛好家のブログにも印象的な言葉があった。「心が癒されるような静かな趣の曲。これからの時代を担っていくべき素晴らしいギタリスト」と。大河ドラマをきっかけにアサトを知った層が、確実に増えている。

そしてギター・マガジン2026年4月号。表紙・巻頭特集にアサトが登場した。ギター・マガジン編集部は彼を「ジェフ・ベックやジミ・ヘンドリックスから受け継がれる情感豊かな”歌心”」の持ち主と位置づけている。ジェフ・ベックとジミ・ヘンドリックスの系譜に並べられるギタリスト。日本のギター専門誌がそう評価したのだ。

2026年2月27日、アルバム発売当日にはFender Flagship Tokyoで発売記念イベントが開催された。MCを務めたのはギタリスト/シンガーソングライターのRei。原宿の旗艦店で、日本のギターシーンの中心にアサトが立った。

さらに2026年8月には大阪・名古屋・東京でのツアーが決定している。日本との縁は、これからますます深まっていくだろう。

ちなみに、少し毛色の違う話題も一つ。アサトはTikTokでドラゴンボールZのギタートリビュート動画を投稿しており、3.36万いいねを獲得している。鳥山明氏への追悼として投稿されたこの動画からも、彼が日本のカルチャーに深い愛着を持っていることがわかる。

マテウス・アサトへの批判と、俺なりの反論

ここまでアサトの歩みを追ってきた。だが、公平を期すために、批判的な声にも向き合っておきたい。ネット上にはアサトに対する否定的な意見もある。それを無視するのはフェアじゃない。だから俺なりに反論する。

「テクニック的にはそこまで」という声に思うこと

SNSでたまに見かける声がある。「SNSで映える弾き方がうまいだけ」「ペンタ+ビブラートのパターン」「正直テクニック的にはそこまでじゃない」。

なるほど。速弾きやタッピングの派手さを基準にすれば、そう見えるかもしれない。

だが、ここで俺が2週間かけて検証したデータを見てほしい。「Alive」のソロを完全に採譜し、1音ずつ分析した結果だ。

  • コードトーンの使用率:約65%(一般的なロックソロは40〜50%)
  • ロングノートの90%以上にビブラート
  • ベンドは半音・全音・クォーターを意図的に使い分け

「ペンタ一発」じゃなかった。アサトはコード進行の上でメロディを歌わせている。だからあの感動的なソロになる。ペンタトニック一発で弾いているように聞こえるフレーズでも、実はコードトーンを経由している。ビブラートの揺れ幅・速度・タイミングを、あのレベルで安定して出せるギタリストがどれだけいるか。あれは紛れもなく超絶テクニックだ。

世界はどう評価しているか。ジョン・メイヤーはアサトを「現代最高のギタリストの一人」と呼んでいる。ギター・マガジンは「ジェフ・ベックやジミ・ヘンドリックスから受け継がれる歌心」の持ち主だと書いた。速弾きの巧拙だけでギタリストの価値が決まるなら、この評価は成り立たない。

面白いエピソードがある。あるギター講師のブログに「生徒さんにマテウス・アサトというギタリストを教えていただいた。新しいギターの可能性を感じるプレイにすっかり魅了された」と書かれていた。プロが生徒から教わる。それほどの衝撃がアサトの演奏にはあるということだ。

アメブロにはこんな声もあった。「メタル全盛で速弾きの人がギターヒーローだった時代から変わった。しかしこの人はギターヒーローっていう感じがする」。そう、ギターヒーローの定義が変わったのだ。速さではなく、感情で人を動かすギタリスト。アサトはその新しい時代の象徴だと、俺は思っている。

「シグネチャーモデルが高すぎる」という声

もう一つ、よく見かける声がある。「シグネチャーモデルが税込み100万円近い。手が出ない」。

そりゃそうだ。100万円は簡単に出せる金額じゃない。あるギターブログにも「Suhr Guitarsのシグネチャーモデルはかなり人気が高く入手困難。どっちみち手が出ない」と率直に書かれていた。この気持ちには100%共感する。

ただ、一つだけ語らせてくれ。

楽器店でSuhr Classic Tを手に取った時のことは忘れられない。アンプに繋いで最初の1音を出した瞬間、「これか」と思った。クリーンなのに薄っぺらくない。芯があるのに耳に刺さらない。あの透明感と太さが同居するトーン。アサトの音の秘密の半分は、このギターにあると確信した。

とはいえ、本記事は機材記事じゃない。Suhrの魅力やアサトの機材についてもっと詳しく知りたい人は、別途機材記事を用意しているので、そちらを読んでほしい。ここで言いたいのは、「高い」のには理由があるということ。そして同時に、100万円を出さなくてもアサトの音楽から学べることは山ほどあるということだ。

批判に対してデータで反論するの、説得力ありますね。65%のコードトーン使用率って、感覚じゃなくて構造としてすごいんだ。

100万円のギターは無理だけど、アサトのフレージングを分析して練習するのはタダですよね!? 希望が見えた!

まとめ――ギタリストとしてだけでなく、一人の人間として

長い記事に付き合ってくれて、ありがとう。最後にまとめよう。

マテウス・アサトは、ブラジルの教会でギターを弾き始めた少年だった。英語も話せないままアメリカに渡り、SNSに動画を投稿し続け、オーディションで仕事を勝ち取り、Tori Kelly、Jessie J、Bruno Marsという世界トップのアーティストのステージに立った。Mike Shinodaとの共演で「バンド加入の炎」が灯り、2021年のSNS休止を経て「音楽のためにSNSを使う」という軸を手に入れた。

プライベートでは、ブラジルの人気インフルエンサーMaju Trindadeと約6年の遠距離恋愛を乗り越え、2024年に結婚。「時間が関係の最大の主役」という二人の言葉は、アサトの音楽哲学そのものだ。

そして2026年、ソロアルバム『ASATO』で自分の名前を冠した作品を世に放ち、NHK大河ドラマの紀行曲で日本中のお茶の間にその音を届け、8月には大阪・名古屋・東京でのツアーが控えている。

アサトの音楽を聴く時、その向こう側にいる人間の物語も感じてほしい。

9歳で憧れたギタリストと同じステージに立った日。10,000km離れた恋人と画面越しに過ごした夜。100万人のフォロワーを手放してでも自分の音楽に正直でいようとした瞬間。マネージャーの助言を断り、インストで勝負すると決めた覚悟。

自分のペースでキャリアを築いたアサトの姿は、俺たちギタリストにとっての希望だ。早くから成功しなくてもいい。遠回りしてもいい。大事なのは、自分の音楽を信じ続けることだ。

死ぬほど遠回りしてからが本番。マテウス・アサトの物語が、それを証明している。

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