マテウス・アサトの演奏を初めて聴いた時のことを、覚えているか。
速弾きもしていない。派手なタッピングもない。なのに、たった1音で空気が変わった。ギターが「歌っている」としか言いようのない、あの感覚。思わずスマホの画面に釘付けになり、気づいたら動画が終わっていた――そんな経験をした人間は、俺だけじゃないはずだ。
あるギター愛好家のブログにこんな言葉があった。「メタルが全盛で速弾きの人がギターヒーローだった時代から変わった。しかしこの人はギターヒーローっていう感じがする」(アメーバブログ)。まさにそうだ。マテウス・アサトは、21世紀型のギターヒーローだ。
でも、こう思ったことはないか? 「この人は、いったいどこから来たんだ?」
その答えの鍵を握るのが、Oficina G3(オフィシーナ・ジースリー)というブラジルのバンドだ。日本ではほぼ無名。しかしアサト本人が「最初の音楽的ヒーロー」と名前を挙げるほど、彼の音楽人生の出発点に深く関わっている存在だ。
この記事では、カンポグランデの教会で礼拝音楽を弾いていた少年が、Oficina G3に憧れ、海を渡り、Bruno Marsのバンドメンバーになり、ソロアーティストとして世界を席巻するまでの軌跡を追う。俺はギター歴25年のギタリスト兼講師だが、正直に言って、アサトの経歴を調べれば調べるほど胸が熱くなった。遠回りしまくった俺だからこそ、彼の「正しい道のりの美しさ」が身に染みるんだ。

マテウス・アサトとは?――SNS時代が生んだ「歌うギタリスト」

まずは基本情報を押さえておこう。
マテウス・アサト(Mateus Asato)は、1994年12月29日、ブラジル・マトグロッソ・ド・スル州カンポグランデ生まれの日系ブラジル人ギタリストだ。父方の祖父母が沖縄県・安里(あさと)出身で、2026年にリリースしたデビューアルバムのタイトル『ASATO』は、まさにこのルーツから名付けられている。
数字で見ると、その影響力は圧倒的だ。Instagramフォロワー約164万人、YouTube約79.7万人。Guitar World誌が選ぶ「10年間で最も影響力のあるギタリスト」で10位(2020年)、Total Guitar誌「いま最も注目すべきギタリスト」で3位(2020年)。そして、あのジョン・メイヤーが「現代最高のギタリストの一人(one of the best guitar players around)」と称賛している(Wikipedia / Guitar World等)。
ジョン・メイヤーが認めるギタリスト。その意味がわかるか。ジョン・メイヤーといえば、ジミ・ヘンドリックスやスティーヴィー・レイ・ヴォーンの系譜を受け継ぐ現代ブルースギターの最高峰だ。そのメイヤーが太鼓判を押す。アサトがどれほどのレベルにいるか、これだけで十分伝わるだろ。
2026年にはNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の大河紀行コーナーでギター演奏を担当し、ギターファンの枠を超えて日本中にその音色が届いた。
大河ドラマで知った人へ――「あのギターの人」の正体
「大河ドラマのエンディングで流れるギター、すごくよくない?あの人、誰?」――2026年に入ってから、こんな声がネット上で急増した。
テレビ王国の口コミ掲示板には、「マテウス・アサト様の大河紀行Iのギターの音が素晴らしい。大河紀行Iはファンへの激励でもあると感激感涙しております」という声が寄せられている(テレビ王国)。
また、あるギターブログでは「NHKの大河ドラマ『豊臣兄弟!』の本編終了後に放送される紀行コーナー内のBGMとして使用されているギター曲、すごくいいと思いませんか?」「心が癒されるような静かな趣の曲。これからの時代を担っていくべき素晴らしいギタリスト」と紹介されている(エレキギターが好きだったのでブログを作ってみた)。
ギターファンだけじゃない。ドラマファンの心にまで届くギター。それがマテウス・アサトの音だ。そして、その「心に届く音」の原点は、ブラジルの教会と、Oficina G3というバンドにある。
Oficina G3? 聞いたことないんだけど、有名なバンドなの?

日本ではほぼ無名だが、ブラジルでは25年以上のキャリアを持つ重鎮バンドだ。ラテングラミー賞も獲ってる。アサトの「歌心」のルーツを知るには、ここを避けて通れない。
Oficina G3とは何か?――ブラジルが誇るクリスチャンロックの重鎮


Oficina G3(オフィシーナ・ジースリー)は、1991年にブラジルで結成されたクリスチャンロック/メタルバンドだ。中心メンバーはギタリストのJuninho Afram(ジュニーニョ・アフラン)。ラテングラミー賞「最優秀ポルトガル語キリスト教音楽アルバム」の受賞歴を持ち、ブラジルのクリスチャンミュージックシーンを25年以上にわたって牽引してきた重鎮バンドだ。
サウンドは「クリスチャン」という言葉のイメージを良い意味で裏切る。ヘヴィなリフ、テクニカルなギターソロ、そしてメロディアスな歌メロが同居する。Dream TheaterやWhitesnakeが好きな人間なら、一聴で「あ、これ好きなやつだ」となるはずだ。
そして、このバンドのギタリストJuninho Aframこそが、少年時代のマテウス・アサトにとって「最初のギターヒーロー」だった。
なぜ日本人はOficina G3を知らないのか
理由はシンプルだ。言語の壁。Oficina G3の楽曲はポルトガル語で歌われ、活動拠点もブラジル国内が中心。英語圏のメディアでさえ大きく取り上げることは少なく、日本に情報が届く機会はほぼなかった。
しかし、ブラジル国内での存在感は絶大だ。背景にあるのは、ブラジルの教会音楽市場の巨大さだ。ブラジルはカトリック・プロテスタント人口が非常に多く、各地の教会で毎週のように礼拝音楽(ワーシップ)が演奏されている。この「教会音楽」が、プロミュージシャンの最大の育成機関として機能しているんだ。
日本で「教会音楽」と聞くと、パイプオルガンや賛美歌のイメージが浮かぶかもしれない。だがブラジルの教会音楽は全く違う。エレキギター、ベース、ドラム、キーボードのフルバンド編成で、ロックやポップスさながらのサウンドを奏でる。そこにワーシップの歌が乗る。Oficina G3は、その教会音楽シーンから生まれたプロバンドの最高峰なんだ。
つまり、ブラジルでは教会がライブハウスみたいな役割も果たしているってことですか?



いい線いってるな。ブラジルでは教会が「最初のステージ」なんだ。多くのプロミュージシャンが教会の礼拝バンドでキャリアをスタートさせている。マテウス・アサトもその一人だ。
教会の少年――カンポグランデのバプテスト教会で育ったギタリスト


マテウス・アサトの音楽人生は、カンポグランデのFirst Baptist Church(第一バプテスト教会)から始まった。
本人はこう語っている。「音楽的・宗教的な環境の中で育った(in a musical-religious way)」。教会は彼にとって、信仰の場であると同時に、音楽の学校だった。
9歳でアコースティックギターを手にした。きっかけは母親との約束だ。「ちゃんと続けられたら、エレキを買ってあげる」。9歳の少年にとって、これ以上のモチベーションがあるか? 約2年間、個人レッスンを受けながらひたむきにギターと向き合った。
そして13歳の時、転機が訪れる。教会のワーシップリーダーから声をかけられたんだ。「もし参加したいなら機会を与えたい。新しい才能をサポートしたい」(Musicians Institute公式記事)。こうしてアサトは、教会のワーシップチーム(礼拝音楽チーム)に加入する。
13歳。俺が13歳の頃は何をしていたか。Fコードが押さえられなくてギターを部屋の隅に放置し、ゲームに逃げていた頃だ。情けない話だが、事実だから仕方ない。アサトはその同じ年齢で、毎週の礼拝で人前にギターを弾いていた。この差は大きい。
公式サイトにはこう記されている。「カンポグランデのFirst Baptist Churchで育ち、教会での演奏がキャリアの将来に向けた確かな音楽的バックグラウンドを与えてくれた」(マテウス・アサト公式サイト)。
ワーシップミュージックが「歌心」を育てた理由
なぜ教会での演奏が、アサトの「歌心」に直結するのか。理由は明確だ。
ワーシップミュージック(礼拝音楽)では、歌が主役だ。ギターの役割は、歌を支え、引き立て、会衆が歌いやすい伴奏をすることにある。速弾きやテクニカルなソロを見せびらかす場ではない。
求められるのは――
- メロディへの敬意: 歌のメロディを壊さない、寄り添うプレイ
- ダイナミクスのコントロール: 静かな祈りの場面と、感動的なクライマックスの場面で音量と音色を使い分ける
- 「空間を聴く」力: 弾かない部分を大切にする。沈黙もまた音楽だということを体で覚える
これ、まさにマテウス・アサトのプレイスタイルそのものじゃないか。
アサトの演奏を聴いていると、「音を詰め込む」のではなく「音を選んでいる」のがわかる。弾いていない瞬間にも意味がある。この感覚は、教科書やYouTubeのレッスン動画では身につかない。毎週、何百人もの人が集まる礼拝の場で、歌い手と呼吸を合わせ、会衆の感情に寄り添いながら弾き続けた経験。それが、アサトのギターに宿る「歌心」の正体だ。
ここで断っておくが、俺は特定の信仰を推奨する気は一切ない。ただ「音楽的訓練の場として、教会のワーシップバンドは非常に優れた環境だった」という事実を伝えているだけだ。バプテスト教会で毎週人前で弾いた経験が、アサトの技術と感性の土台を作った。これは宗教の是非とは別の、純粋な音楽の話だ。
最初のギターヒーロー――Juninho Aframとの出会い


教会で演奏の基礎を磨きながら、少年アサトは「憧れのギタリスト」を見つけていく。
アサトの公式サイトAboutページには、こう書かれている。「最初の影響は主にブラジルのギタリスト:Juninho Afram(Oficina G3)、Kiko Loureiro(Angra/Megadeth)、Edu Ardanuy(Dr. Sin)」(公式サイト)。
注目してほしい。最初に名前が挙がっているのはJuninho Afram(ジュニーニョ・アフラン)だ。Kiko LoureiroでもEdu Ardanuyでもなく、Oficina G3のギタリストが最初に来る。
YouTubeチャンネル「Rick Beato」でのインタビュー(2022年)でも、アサトはこう語っている。「Oficina G3のJuninho Aframが初期の影響。彼がメンターになった。彼らの曲を覚えることからギターを始めた」。
同じクリスチャンミュージックのフィールドにいたからこそ、アサトにとってJuninho Aframは「遠い存在」ではなく「手が届くかもしれない目標」だったのだろう。教会でワーシップを弾く少年が、同じ教会音楽の世界で活躍するギターヒーローに憧れる。これほど自然な流れはない。
もちろん、影響はブラジルのギタリストだけにとどまらなかった。Joe Satriani、Eddie Van Halen、Paul Gilbert、John Petrucci――80〜90年代のテクニカル系ギターヒーローたちの音楽も、少年アサトの血肉になっていく。YouTube上には、12歳頃のアサトがJohn Petrucciのカバーを弾いている動画も残っている。12歳でペトルーチだぞ。俺が12歳の時は「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のリフすら怪しかった。
2009年、人生を変えたワークショップ
少年時代のアサトにとって、Juninho AframはCDの中の存在だった。しかし2009年、その距離がゼロになる瞬間が訪れる。
カンポグランデで、Juninho Aframが開催したギターワークショップに参加したのだ。
そこでアサトは、Edu ArdanuyのカバーやOficina G3の楽曲を演奏し、Aframの前でギターを弾いた。想像してみてくれ。自分が何年も聴き続けてきた、コピーし続けてきたギタリストが、目の前にいる。その人の前で、その人の曲を弾く。15歳の少年の手は震えていたんじゃないかと思う。
このワークショップがきっかけで、アサトはAframと直接の関係を築いた。Guitar Worldの記事(Guitar World)でも、この出会いがアサトのキャリアの重要な転機として紹介されている。
そして翌年2010年、アサトは全国ギターコンテスト「Double Vision Contest」で1位を獲得する。教会でワーシップを弾き、Oficina G3のコピーで腕を磨いた少年が、ブラジル全国のギタリストを倒した。16歳の快挙だ。
9歳でギターを始めて、16歳で全国コンテスト優勝…。7年間で、しかも教会での演奏と並行してですよね。すごい密度ですね。



密度もすごいが、注目すべきは「正しい環境にいたこと」だ。教会で毎週人前で弾き、ワークショップでメンターと出会い、コンテストで腕試しする。この3つが噛み合った結果だな。
アメリカへ――Musicians Instituteからプロギタリストへ


2013年秋、アサトはブラジルを離れ、アメリカ・ロサンゼルスのMusicians Institute(GIT)に入学する。世界中のギタリストが夢見る音楽学校だ。
だが、渡米したアサトにはひとつ大きな壁があった。英語がまったく話せなかったのだ。
ORICON NEWSのインタビューで、アサト本人がこう明かしている。「アメリカに渡った当初は英語がまったく話せなかった。コミュニケーションの手段としてSNSにギター動画を投稿し続けたことが、世界中の楽器ファンからの注目につながった」(ORICON NEWS)。
言葉が通じないなら、ギターで語る。この選択が、彼の人生を大きく変えた。
在学中からInstagramに投稿した短い演奏動画が、瞬く間にバズり始める。30秒から1分のメロディアスなカバーやオリジナルフレーズが、言語の壁を超えて世界中のギターファンの心を掴んだ。考えてみれば当然だ。音楽に通訳はいらない。特に、アサトのように「ギターで歌える」人間の音楽には。
2015年、アサトはMIを主席で卒業する。そして卒業直後、最初のプロの仕事が舞い込む。シンガーのTori Kellyのオーディションに合格したのだ。面白いことに、合格の連絡を受けたのは「教会にいる時(Good Fridayの夕方)」だったという。教会で始まった彼の音楽キャリアが、教会にいる時にプロとして動き出した。運命的なものを感じないか。
2015年から2020年にかけてTori Kellyのツアーギタリストを務め、2017年からはJessie Jのツアーにも参加。Rock In Rio 2019・2022にも出演した。着実に、世界のステージで経験を積んでいった。
SNSが変えたギタリストのキャリア
アサトの成功を語る上で、SNSの存在は絶対に外せない。
2018年、Forbesがアサトを特集して記事を書いている。そのタイトルがすべてを物語っている――「ギターは死んでいると言われるが、マテウス・アサトは音楽をリリースせずにInstagramでギターヒーローになった」。正式な楽曲をリリースすることなく、Instagram動画だけで世界的なギタリストの地位を確立した。前代未聞のキャリアパスだ。
ギター・マガジン2026年4月号では表紙を飾り、「エモーショナルかつ繊細で美しいコード・ワークとフィジカル的な強度をあわせ持つ大胆なフレージング。その本質はジェフ・ベックやジミ・ヘンドリックスから受け継がれる情感豊かな”歌心”にあり、新世代のギター・ヒーローとして圧倒的な存在感を放っている」と評された(ギター・マガジンWEB)。ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックスの系譜。日本のギター専門誌がそこまで言い切ったことの重みは、ギターを弾く人間ならわかるだろ。
TikTokでの反響も凄まじい。「Nothing’s Gonna Change My Love For You」のギターカバー動画が31.4万いいね・2,981コメントを獲得(TikTok)。ギターファンだけでなく、普段ギターに興味のない一般リスナーからも「ギターで泣ける」「こんなに心に響く演奏は初めて」という声が殺到した。
あなたも経験がないか? 夜中にSNSを見ていて、不意に流れてきたアサトの演奏動画に手が止まったこと。30秒の動画なのに、終わった後もしばらくスマホを握りしめたまま動けなかったこと。それは、あなただけじゃない。世界中で、同じことが起きている。
夢の共演――2020年、Oficina G3のステージへ


そしてここからが、この記事の核心だ。
2020年8月、マテウス・アサトはOficina G3のライブストリームにゲスト参加を果たす。
共演曲は「Ele Vive」(2000年アルバム『O Tempo』収録)と「Até Quando」(2002年アルバム『Humanos』収録)の2曲。少年時代に何度も何度も聴き返し、コピーし、指に馴染むまで弾き込んだバンドの曲を、そのバンドのメンバーと一緒に演奏する。
演奏後、アサトはInstagramにこう投稿した。
「2004年に戻って、Oficinaのサウンドトラックで音楽の第一歩を踏み出した、あの目を輝かせた夢見がちな少年にこの動画を見せたい」
この言葉を読んだ時、俺は正直、少し目頭が熱くなった。2004年。アサトは10歳だ。ギターを始めて1年。Oficina G3のCDを聴きながら「いつかこの人たちと一緒に弾けたら」と夢見ていた少年。その少年が16年後、世界中が視聴するライブストリームで夢を叶えた。
さらにアサトはこう続けている。「素晴らしいミュージシャンであるだけでなく、模範的な人間でもある人々と、このような特別な瞬間に参加できたことは光栄だ」。そして神とバンドメンバーへの感謝の言葉を添えた。
重要な注意点:マテウス・アサトはOficina G3の「メンバー」ではない。あくまでゲスト参加・共演の関係だ。「Oficina G3時代」という表現は正確ではないが、Oficina G3がアサトの音楽的出発点であることは疑いようのない事実だ。
ゲスト参加した楽曲たち
2020年のライブストリーム共演だけではない。アサトはOficina G3のスタジオ録音にもゲスト参加している。
- 「Brasil」(feat. Mateus Asato, PG e Walter Lopes)
- 「Perfeito Amor」(feat. Mateus Asato, PG e Walter Lopes)
- 「Indiferença」(feat. Mateus Asato, PG e Walter Lopes)
かつて「憧れのバンド」だった存在が、「共演パートナー」になった。しかも名前がクレジットに並んでいる。CDの中の存在だったJuninho Aframと、同じ楽曲に名前を連ねる。夢を叶えるとは、こういうことだろう。
えっ、つまりアサトってOficina G3のメンバーだったってこと!?



違う。メンバーじゃない。あくまでゲスト参加だ。ただし、Oficina G3がアサトの音楽的出発点だったことは事実。憧れのバンドに客演として招かれた、という関係だな。ここは正確に覚えておけ。
Bruno Mars、そしてソロアーティストへ


Oficina G3との夢の共演を果たしたアサトのキャリアは、さらに加速する。
2021年末、Bruno Mars & The Hooligansに正式加入。世界のトップアーティストのバンドメンバーに選ばれたということは、ギタリストとしての実力が最高レベルに認められたことを意味する。
2022年には、Silk Sonicのグラミー賞パフォーマンスに参加。同年、東京ドーム3公演にも出演した。東京ドームのステージからギターを弾く26歳のブラジル人。カンポグランデの教会でワーシップを弾いていた少年が、10年後に東京ドームにいるのだ。
2023年には、Mike Shinoda(Linkin Park)の「Already Over Sessions」に参加。ロック、ポップ、R&B、ヒップホップ――ジャンルの壁をいとも簡単に越えていく。
そして2025年10月、満を持してデビューシングル「Cryin’」をリリース。2026年1月にはNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の大河紀行の演奏担当に抜擢される。同年2月、ついにデビューアルバム『ASATO』がリリースされた。
アルバム『ASATO』――沖縄のルーツを冠した集大成
デビューアルバム『ASATO』。全15曲。このタイトルに込められた意味を、Yahoo!ニュースで音楽ジャーナリストの内田正樹氏が詳しく報じている。
「ASATO」は父方の祖父母が沖縄県出身(安里)というルーツに由来する(Yahoo!ニュース)。ブラジルで生まれ、アメリカで活躍する日系ギタリストが、自分の名前(=沖縄のルーツ)をアルバムタイトルにした。これだけで、彼が自分のルーツにどれほどの誇りを持っているかが伝わるだろう。
収録曲には「Otsukare!」「Kyoto’s Jam」「Kawaii」など日本語由来のタイトルが複数含まれている。最終曲のタイトルは「Too Nerdy for Pop, Too Pop for Nerds」。本人がインタビューで語った自己分析がそのまま曲名になっている。
本人はYahoo!ニュースのインタビューでこう語っている。「ポップ好きにはオタク寄りで、オタクにとってはポップ寄りと思われているかもしれない(笑)」。この言葉、めちゃくちゃよくわかる。アサトの音楽は、どのジャンルにも完全にはハマらない。でもだからこそ、どのジャンルのリスナーにも刺さる。
2026年8月には日本ツアー(大阪・名古屋・東京)も決定している。
マテウス・アサトのジャンルは何か?――「歌うギタリスト」の音楽的DNA


「マテウス・アサトのジャンルって何?」――この質問への答えは、意外と難しい。
Guitar World誌は「ネオソウル(neo soul)」と分類している。確かに、トム・ミッシュやコリー・ウォンのようなネオソウル系ギタリストと並べられることが多い。クリーントーンのメロウなサウンド、コードヴォイシングの美しさ、グルーヴ感。ネオソウルの要素は間違いなくある。
だが、アサト本人はどう思っているか。
2026年のYahoo!ニュースインタビューでの自己分析がこれだ。「ポップ好きにはオタク寄りで、オタクにとってはポップ寄り(too nerdy for pop, too pop for nerds)」。つまり、どのジャンルにも完全には属さない。
ORICON NEWSのインタビューでは「メロディがいちばん大切。そのために必要なテクニックを身につけた」と語り、「インストゥルメンタルの音楽は、絵画に近い」とも表現している(ORICON NEWS)。
彼の音楽的DNAを分解すると、こうなる。
| 要素 | 影響元 | アサトのプレイへの反映 |
| 教会音楽(ワーシップ) | First Baptist Church | 歌に寄り添うメロディ感覚、ダイナミクス |
| ブラジリアンロック/メタル | Oficina G3、Kiko Loureiro、Edu Ardanuy | テクニカルなフレージングの基礎、情熱的な表現力 |
| 80〜90年代ギターヒーロー | Joe Satriani、Eddie Van Halen、Paul Gilbert、John Petrucci | テクニックの幅、ギターインストへの志向 |
| ブルース/ソウル | ジェフ・ベック、B.B.キング | ビブラート、ベンドの表現力、「歌心」 |
| ネオソウル/ポップ | アメリカでの共演経験(Tori Kelly、Bruno Mars等) | グルーヴ感、洗練されたコードワーク |
つまり、アサトのジャンルは「マテウス・アサト」としか言いようがない。教会音楽+ブラジリアンメタル+80年代ギターヒーロー+ブルースソウル+ネオソウルポップ。この掛け合わせは、他に誰もやっていない。だからこそ、唯一無二なんだ。
ギター・マガジンが「ジェフ・ベックやジミ・ヘンドリックスから受け継がれる情感豊かな”歌心”」と位置づけたのは的確だ。アサトはジャンルの枠を超えた「歌うギタリスト」の系譜に属している。
プレイスタイルの特徴を具体的に挙げると――
- ハイブリッドピッキング: ピックと指を併用し、フィンガースタイルとピック奏法をシームレスに切り替える
- ダブルストップ: 2音同時に弾くことで厚みのあるメロディを生み出す
- スライドを交えたコードヴォイシング: コードとメロディの境界を曖昧にする独特のアプローチ
- ビブラートとベンドの表現力: 半音・全音・クォーターベンドの使い分け。ロングノートのほぼ全てにビブラートが入る
「テクニックがない」は本当か?――速弾きだけがテクニックじゃない
SNSでたまに見かける声がある。「マテウス・アサトって正直テクニック的にはそこまでじゃない。SNSで映える弾き方がうまいだけ」「同じようなフレーズが多い」「ペンタ+ビブラートのパターン」。こういう意見、少数だが確かに存在する。
正直に言おう。この意見には反論させてもらう。
まず事実から。アサトの初期の影響はJoe Satriani、Eddie Van Halen、Paul Gilbert、John Petrucciだ。テクニカル系ギターの最高峰ばかりだ。12歳でPetrucciのカバー動画を残している人間が「テクニックがない」はずがない。
Guitar Worldの2026年2月のインタビューで、アサト本人がこう語っている。「Eric JohnsonやJohn Petrucciにはなれないと気づいた時、自分自身になることを決めた」(Guitar World)。この言葉の重みがわかるか。「できないからやめた」じゃない。「できた上で、自分の道を選んだ」んだ。
テクニックを「速弾きやタッピングの速度」だけで測るなら、確かにアサトはトップではないかもしれない。だが、ビブラートの揺れ幅・速度・タイミングを完璧にコントロールし、ダイナミクス(音量の強弱)だけで音色を変え、コード進行に対してメロディを「歌わせる」フレージングを構築する力。これらは紛れもなく「超絶テクニック」だ。
あるギター講師のブログにこんな声があった。「生徒さんにマテウス・アサトという日系ブラジル人ギタリストを教えていただきました。新しいギターの可能性を感じる彼のギター奏法にすっかり魅了されてしまいました。フィンガーピッキングが大変心地よい」(永井義朗ギター教室)。プロのギター講師が「新しいギターの可能性」と言っている。素人が見落とすものを、プロの耳は聴き分けるんだ。
俺自身、アサトのフレーズをコピーしようとして痛感した。簡単そうに聴こえるフレーズほど、実際に弾くと恐ろしく難しい。音の選び方、タイミング、ニュアンス。楽譜にはできない部分にこそ、彼のテクニックが詰まっている。
でもさー、速弾きできる人の方がやっぱスゲーんじゃない?



速く弾けるのは凄い。だがそれは「テクニック」の一部でしかない。アサトのビブラート、ダイナミクス、タイミング――これらは速弾きとは別次元のテクニックだ。速い車が偉いなら、F1カーが最高の車になるだろ?でも実際は違う。求められる性能が違うんだ。
プライベートと人物像――Maju Trindadeとの結婚、日本文化への愛


ギタリストとしてのアサトだけでなく、一人の人間としての彼にも触れておきたい。
2024年2月、アサトはブラジルの人気インフルエンサー・女優のMaju Trindade(マジュ・トリンダーデ)とバイーア州で結婚式を挙げた。2017年からの交際で、約130名の親密なゲストを招いた式だったという(CNN Brasil)。ブラジルではセレブカップルとして注目される存在だ。2025年2月には結婚1周年を祝うポストも話題になった。
日本文化への愛情も深い。アルバム『ASATO』の楽曲名に日本語が多いのはもちろん、2024年には鳥山明氏への追悼としてドラゴンボールZの楽曲をギタートリビュートとして演奏した動画をTikTokに投稿。3.36万いいね・326コメントを獲得し、アニメファンとギターファンの両方から大きな反響を呼んだ(TikTok)。
沖縄にルーツを持ち、日本語の曲名をつけ、ドラゴンボールをギターで弾き、大河ドラマの音楽を担当する。日系ブラジル人3世のアサトにとって、日本は「海の向こうの祖先の国」ではなく、「自分のアイデンティティの一部」なのだろう。2026年2月27日には原宿のFender Flagship Tokyoでアルバム発売記念イベントも開催された。
主要インタビューまとめ――アサト本人の言葉で知る音楽哲学


アサトの音楽哲学をもっと深く知りたいなら、以下のインタビューをチェックしてみてくれ。本人の言葉には、どんな解説記事よりも重みがある。
| メディア | 時期 | 主な内容 |
| Rick Beato(YouTube) | 2022年 | 初期の影響(Oficina G3)、MIでの学び、シグネチャーサウンドの重要性 |
| Forbes | 2018年12月 | SNSとギタリストのキャリア。「音楽をリリースせずにギターヒーローに」 |
| Guitar World | 2026年2月 | アルバム『ASATO』、Mike Shinoda/Linkin Park共演、「自分自身になる」決断 |
| Yahoo!ニュース(内田正樹氏) | 2026年2月 | アルバム名の由来(沖縄の安里)、SNS活動の自然体スタンス |
| ORICON NEWS | 2026年2月 | 「メロディがいちばん大切」「英語が話せなかったからSNS投稿」 |
| ギター・マガジン | 2026年4月号 | 表紙巻頭特集「継承されるギター・ヒーローの血」 |
| Musicians Institute公式 | – | 教会でのワーシップチーム加入、Double Visionコンテスト、MI在学中のSNS活用 |
| Reverb | 2021年1月 | 本人が実践する「7つのエクササイズ」を実演 |
特におすすめはRick Beatoのインタビューだ。Oficina G3への憧れ、Juninho Aframからの影響を本人の口から直接聞ける。英語だが、アサトの演奏実演もあるので、言葉がわからなくても楽しめる。YouTubeで「Rick Beato Mateus Asato」と検索すれば出てくる。
Rick Beatoのインタビューでアサト本人が「Juninho Aframがメンターだった」って言ってるんですね。一次情報として最強ですね。



そうだ。本人の口から出た言葉だからな。「Oficina G3がアサトの原点」というのは、ファンの解釈じゃなくて本人が認めている事実だ。
マテウス・アサトの経歴年表


ここまでの内容を時系列で整理しておこう。
| 年 | 出来事 |
| 1994年 | ブラジル・カンポグランデに生まれる(日系3世、父方祖父母が沖縄・安里出身) |
| 2003年頃 | 9歳でアコースティックギターを始める |
| 2007年頃 | 13歳でFirst Baptist Churchのワーシップチームに加入 |
| 2009年 | Juninho Afram(Oficina G3)のギターワークショップに参加。直接の関係を築く |
| 2010年 | 全国ギターコンテスト「Double Vision Contest」1位 |
| 2013年 | Musicians Institute(GIT)入学。在学中からSNSに演奏動画投稿 |
| 2015年 | MI主席卒業。Tori Kellyのオーディション合格、ツアーギタリストに |
| 2017年〜 | Jessie Jのツアーギタリスト。Rock In Rio 2019・2022出演 |
| 2020年8月 | Oficina G3のライブストリームにゲスト参加。夢の共演を実現 |
| 2021年末 | Bruno Mars & The Hooligansに正式加入 |
| 2022年 | Silk Sonicグラミー賞パフォーマンス、東京ドーム3公演 |
| 2023年 | Mike Shinoda(Linkin Park)「Already Over Sessions」参加 |
| 2024年2月 | Maju Trindadeと結婚(バイーア州) |
| 2025年10月 | デビューシングル「Cryin’」リリース |
| 2026年1月 | NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」大河紀行の演奏担当 |
| 2026年2月 | デビューアルバム『ASATO』リリース(全15曲) |
| 2026年8月 | 日本ツアー(大阪・名古屋・東京)予定 |
こうして年表にすると、1本の線が見えてくるだろう。教会→Oficina G3への憧れ→ギターコンテスト→渡米→サイドマン→Bruno Mars→ソロアーティスト。一つひとつの経験が、次のステージへの階段になっている。
まとめ――教会の少年が世界のギターヒーローになるまで


長い記事を最後まで読んでくれて、ありがとう。
マテウス・アサトの音楽的ルーツは、カンポグランデのバプテスト教会でのワーシップ演奏と、ブラジルのクリスチャンロックバンドOficina G3のギタリストJuninho Aframへの憧れにある。
教会音楽で培った「歌に寄り添う力」。Oficina G3から受け取った「テクニカルかつエモーショナルなギター」のDNA。そこにJoe Satriani、Eddie Van Halenら80〜90年代ギターヒーローの影響が加わり、さらにアメリカでのTori Kelly、Jessie J、Bruno Marsとの共演経験が融合して、現在の「ジャンル不問の歌うギタリスト」マテウス・アサトが生まれた。
2020年には少年時代の夢だったOficina G3との共演を果たし、2026年にはデビューアルバム『ASATO』でその集大成を世に問うた。沖縄のルーツを名前に冠し、大河ドラマで日本中にその音を届けた。
教会の少年が世界のギターヒーローになるまでの軌跡。それは「音楽的な純粋さを失わずにキャリアを築けることの証明」だと、俺は思う。
冒頭で紹介した、あるギター愛好家の言葉をもう一度引用しよう。「メタルが全盛で速弾きの人がギターヒーローだった時代から変わった。しかしこの人はギターヒーローっていう感じがする」(アメーバブログ)。
まさに、そうだ。速弾きだけがギターヒーローの条件じゃない。たった1音で空気を変え、ギターで人の心を歌わせる。マテウス・アサトは、そういうギターヒーローだ。
もしまだアサトの演奏を聴いたことがないなら、今すぐYouTubeで「Mateus Asato」と検索してくれ。もし既に聴いているなら、今度はOficina G3のJuninho Aframも聴いてみろ。アサトの「歌心」のルーツが、そこにある。
ギターは逃げない。逃げるのはいつも自分の指だ。アサトのように「自分自身のギター」を見つける旅を、一緒に続けていこう。
